発達障害の兄を持っての体験談

私には発達障害を持った兄がいます。

私は兄と年が3つほど離れており

小さなころは違和感を覚えることはありませんでしたが、

親は小学校高学年までにはなにかを感じていたのだと思います。

 

今思い返してみると、遊び盛りの小学生にも関わらず

兄はあまり友達と遊ぶことは多くなかったと思います。

 

はっきりと発達障害と判明したのは、兄が中学生になり不登校になったときでした。

私は詳しくはわかりませんが、学校に通うことが難しくなってから

カウンセリングなどを受けていたようなのでそこで分かったのだと思います。

 

先生からはADHDとアスペルガーみたいだとふんわりした言い方をされた

と親が言っていたのを覚えています。

 

中学生で不登校になった兄は高校ではなく、特別支援学校に通うようになりました。

周りに理解がある環境になったからか、そこでは問題なく過ごすことができました。

また、学校経由で職を見つけることもでき、社会人としての生活を送ることができています。

しかし、発達障害のためなのか人一倍ストレスに敏感なように思えます。

 

兄はまだ20代半ばだというのに、髪が薄くなってきたり、

毎日のように下痢をしているような現状です。

 

私は20余年の間、発達障害の兄を見てきて、

しばしば発達障害の人間といわゆる普通の人のどこが違うのかを考えてきました。

はっきりとは言えませんが、やはりどこか世間一般とのずれがあり、

どこがと言われると難しいですがその差は確かにあるのです。

日常生活の小さなことでその違いは現れて、

当人あるいは周りの人間を傷つけてしまします。

 

兄に限った話かもしれませんが、兄は世間一般とのずれを矯正されることを嫌いました。

どんなに世間の意見に沿った正しさを要求しても、

彼には彼の世界観があり、自分の世界観が侵害されると強く反発します。

 

彼の世界観を尊重したほうがいいのか

あるいは、世間一般に染めるのが幸せになるのか、正直なところわかりません。

おそらくは、兄はこれから先も世間との摩擦に擦り切れていくと思いますし、

今の会社もいつまで続けさせていいのかも難しいです。

 

しばしば、発達障害を語る際に、障害を正しく理解するべきといいます。

もちろんそれは大切だとは思います。

ただ、私の兄は周りが自分に合わせてくるのも非常にストレスに感じてしまいます。

おそらくは、私や今いる周りの人間では兄を本質的には理解できていないのだと思います。

 

兄のことを長々と書きましたが、発達障害といっても様々であり、

それぞれ人格をもって生きています。

私たちが健常者という目をもって、障がい者を理解しようとしても

とても一人一人を理解することは出来ないのだと思います。

 

医者やカウンセラーと相談をしながら、本人が一番望んでいることを理解していくこと、

それが必要なのかもしれません。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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