孤独な天才かぶれ

 

私の兄は発達障害をもっています。

母は幼い兄を親戚の家に連れて行ったとき、

「この子は将来とんでもなく優秀な人間になるか、犯罪者か、どちらかだね」

そんなことを言われたそうです。

 

私よりも3つ年上の兄は幼い私から見ても明らかに常人…普通の人ではありませんでした。

見た目は普通なのです。

むしろ、幼い兄は細くて白い美少年でした。

ですが中身は、同い年の子たちのそれとはちがっていました。

 

兄は昔から人間に興味がなく、人よりも、石や虫に興味を持ちました。

そして記憶力が異常に良かったのです。

 

小学生になった兄は塾に行かずとも学校で好成績を修めていました。

中学受験を勧められるほどでした。

しかし、相変わらず人に興味を示さず、石や虫を卒業してからはゲームと釣りに夢中でした。

 

朝が苦手で母に起こされてもなかなか起きることができず

最初に起こしてから30分は布団から動けなず、

無理やり起こそうものなら癇癪を起すように怒鳴り散らす兄。

兄は遅刻の常習犯でした。

しかし、ゲームや釣りのこととなるといくらでも早起きをしました。

 

兄は興味のあることには驚異的な執着をみせました。

近所の子供たちの中で私の兄は「ゲームの神様」と呼ばれ、

人に興味のない兄の周りには人があふれていました。

 

中学生になった兄は相変わらず遅刻癖は治らず、朝が弱いのも変わりませんでした。

しかしやはり勉強はできたし、友達も多かったように思います。

 

勉強ができる兄は塾内で「数学の神様」と呼ばれていました。

数学の偏差値が70を超えていたからです。

けれど兄は、部屋は汚いし制服は脱ぎ散らかすし、

母や父が何度同じことで注意してもなかなか治りません。

兄には人に気持ちがわからないようでした。

 

兄は器が大きすぎたのです。

私たちが気に障るほとんどのことを兄は気にしませんでした。

なので兄はこちらが何もしなければ決して怒ることはなく、要求することもなかったです。

 

受験を終え、高校生になった兄は寮に入りました。

兄のいなくなった家は穏やかになり、父や母が兄の理解不能な行動に苦しむことはなくなりました。

ですが兄は寮で問題を起こし、また家に戻ってきてしまいました。

 

それからはたいへんでした。

朝の苦手な兄は2時間半以上かけて高校に通わねばなりませんでした。

私からみてあの頃の兄は本当に辛そうでした。

 

兄の朝の弱さはただの夜更かしとかではなく、のちにわかることですが、

脳の伝達物質がうまく機能していなかったからなのです。

兄のせいではなかったのに周りの人間は兄のせいだと決めつけ、

起きられない兄を怒鳴っていたのでした。

 

そうしているうちに兄は遅刻する回数が増え、欠席する回数が増え、

ついには完全に登校しなくなってしまい、留年し、学校を中退しました。

 

その後兄は4年ほど引きこもりました。

青春を、すべて6畳半の部屋の中で過ごしました。

兄は最初家族の誰とも口をきかず、食事も1日1食とるくらいでした。

 

両親は兄が壊れて初めて、心療内科に行って兄のことを話し、行動と考えを改めました。

そうして本当に少しずつ、4年かけて兄との関係を修復していきました。

 

兄は今、職についています。家にお金を入れてくれます。

普通の人が当たり前にすることをできるようになった兄は本当に生き生きしています。

 

兄は今でも朝は弱いし、しつこく起こすと怒鳴るし、時間だって守れません。

相変わらず人の気持ちがわからないみたいだし、

家にお金を入れるのは給料が入ってから10日以上たってから、なんていうのも普通です。

 

ですが、発達障害というのはそういうものなのです。

本人に悪気なんてこれっぽちもないのです。

 

見た目があまりに普通だから、人は彼らに普通のことを期待してしまうけれど、それは間違いなのです。

少しでも世の中に発達障害の知識が定着すれば、

彼らも私たちももっと楽になると、私は思わずにはいられません。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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