私が勤めている歯科医院に、中学の同級生が子供を連れて来院しました。
友人の子供は5歳で、色白で可愛らしい女の子でした。
話を聞くと、虫歯が何本か出来て治療をしようと近所の歯科医院に行くも、
歯科治療に使うタービン(削る道具)のキーンという音を一度聞いて、泣きわめき、
それ以来口を開かなくなってしまったとの事でした。
何軒か歯科医院を回っても変わらず、小児歯科で評判が良いところを探し、
うちの病院に来てくれたのだそうです。
うちの病院では、そのような子供には、まず機械に触れさせず、
治療台に座って絵本を読んだり、塗り絵をしたり、パペットで遊んで、
病院の雰囲気を楽しんでもらいます。
友人の娘さんと、塗り絵をしていたとき、独特な色の塗り方が引っかかりました。
キャラクターの顔も頭も服も、花もリボンも、全て黄色でしか塗らないのです。
5歳くらいの患者さんとは何度も塗り絵をしているので、
違和感を感じずにはいられませんでした。
大概の5歳児は、顔は肌色、髪の毛は黒か、キャラクターの髪色をそのまま真似てぬったり、
花はピンクや赤の暖色で色をつけるなど、幾つもの色を使って塗り絵を完成させます。
私は、直感的に、この子は自閉症ではないかと思いました。
しかし、問診票には自閉症との記入はありませんでした。
親である友人の顔を見ると、微笑ましそうにその様子を見つめていました。
2回目の来院の時、隣の診療台からキーンと音が聞こえると、
目をつぶり、耳を塞いで、体を小刻みに震わせていました。
友人は「いつもこうなの。」と少し申し訳なさそうに頭を下げました。
そして大らかな表情で我が子を見つめていました。
うちの歯科医院にだいぶ慣れてくれたようで、3回目の来院で、機械に触れさせました。
機械の微かな音も怖がって体を硬直させて、
指先を異常な速さで擦り合わせるような独特な仕草が止まらなくなりました。
そして「頑張ってるよ、頑張ってるよ、頑張ってるよね!」と呪文のように唱えて、
自分を落ちつかせているようでした。
本当に頑張ってくれたと思います。
多分、彼女は、感覚が人よりも何十倍も敏感で、
特に、オトに対する感覚が秀でているように思います。
だからこそ、怖くて仕方がないのに、応援してくれるお母さんの為に、仲良くなった私の為に、
バキューム(水を吸い取る機械)を5秒間口に入れてくれたのです。
その時、私は胸が熱くなりました。
その後、友人と2人で久しぶりにご飯を食べる約束をしました。
ご飯を食べながらお互いの子供の話になりました。
「実は、うちの子、自閉症なんだ。」
彼女から打ち明けてくれました。
そんな彼女の表情は明るく、笑顔でした。
私は何と声をかけるのが正解なのか分からず、
気が付いていた事は隠して、頷いていましたが、
母親としての彼女の大きさに尊敬の念が湧きました。
何度も流産を繰り返し、やっと授かった一人娘。
自閉症と分かった時はもちろんショックもあったけれど、
それ以上に、自分たちの子供として産まれて来てくれたことが
本当に嬉しいと笑顔で語ってくれました。
彼女は口には出さなかったけれど、同じ母親として、その想いに至るまでには、
大きな悩みや葛藤、悲しみがあった事が想像出来ます。
私なら、こんな風に言えるだろうか。
決して簡単な事ではないけれど、母親が大きな愛で包んでくれているおかげで、
友人の娘さんは今、歯科治療が問題なく出来ています。
お気に入りのハンカチを握りしめて。
今、友人の娘さんは1年生になりました。
苦手だった同世代の子供たちとも遊べるようになりました。
絵画展でも金賞を受賞しました。
ゆっくりですが、出来なかった事を1つずつクリアして、ますます素敵な女の子に成長中です。
今でも家族ぐるみの付き合いをしていますが、
友人も娘さんも、そして旦那さんもいつも笑っていて幸せに溢れています。