優秀だと思っていた長女は23歳で発達障害だとわかりました。

長女は23歳になるまで発達障害だとはわかりませんでした。

大学を出て大学院を志望していましたが、合格できず就職する事にしました。

遅い就活にハローワークに通いました。

そこで熟練の担当者に一度検査を受けてみた方が良いと勧められました。

 

知能テスト、診断テスト等多くのテストをし、病院も4か所も変えやっと障害者手帳を取得しました。

まさか長女までが発達障害だとは思ってもいませんでした。

私はとてもショックしてした。

 

実は主人は発達障害の家系らしいのです。

義父も主人も漢字の読み書きが出来ません。

漢字は多少は読めるのですが書く方は出来ません。

息子も同じで理数系は強いのですが読み書きは苦手です。

 

小1の時の保護者面談で見せられた計算のテストは満点で文章問題は未記入でした。

担任の先生に「これはどう通知表に書けばいいでしょうかね?」と困ったように話されました。

文章問題を読む事が出来ずに未記入のまま提出したのです。

 

そんな息子は小3の時に同じ小学校内にある特別支援学級に放課後通う様になりました。

少しでも読み書きが出来る様になるのならと躊躇なく通わせました。

その特別支援学級で発達障害という言葉を初めて知りました。

 

私には長女・次女・長男の3人の子供がいます。

長男は漢字の読み書きが出来なかったので発達障害だとわかったのですが

長女は漢字・文章が得意で漢検は準2級を持っていたので全く気が付きませんでした。

塾にも通わせ全国模試とかの試験も難なくやっていたので普通なのだと思っていました。

 

発達障害は男子だけに遺伝するのかなと思っていました。

ただ数学や地理が出来ないような感じはありました。

勉強した直後は頭に入っているようなのですがホールケーキの何分の1とか

九州と四国が入り混じっていたりトンチンカンな答えが返ってきて変だなと思う様な事は度々ありました。

 

長女は自分が興味があるものは凄い勢いで覚える事が出来るのですが興味がないものは忘れてしまうのです。

自分でも変だなと思っていた様なのですがそんなものなのかと思っていたみたいです。

 

4番目に行った病院で長女は救われたそうです。

そこの先生から「発達障害は治らないから。父方の遺伝で脳の構造が違うんだよ。

こんなに出来るものと出来ないものの差があってよく不登校にならなかったな。

普通なら不登校になっちゃうよ。

君だけの能力があるのなら正々堂々と手帳を見せて就職活動しなさい。ちゃんと働けるから。」

とざっくばらんに言われたそうです。

 

その先生の一言で彼女は変わりパソコンでイラストを描いています。

過集中で普通の人より短時間で仕上げるられるようで楽しそうに職業訓練所に通っています。

 

長女は自分の事を火星人と言っています。

よく地球人に擬態して生きてきたものだと自分で感心しています。

火星人はまだまだ沢山いるけどわからないだけだと言っています。

明るくなって良かったと思う反面、若いうちに就職して自立して生きて欲しいと思っています。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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