グレーゾーンの子供

私の一人娘はもう6歳ですが、

ちょうど4歳ぐらいまではどう扱っていいか分からないような子供でした。

 

それは生まれて直ぐに始まりました。

大袈裟ではなく、もう1日中泣いていました。

泣かないのは眠っている間だけでした。

 

最初は「ミルクが足りないのかな?」 「オムツが気持ち悪いのかな?」

と育児書本通りの対応をしていましたが、 育児書は何の役にも立ちませんでした。

 

赤ちゃんの頃はベビーカーに乗せても泣くので、出かける時は必ず抱っこでした。

おんぶも泣くので抱っこでした。

 

半年を過ぎても笑う事も喜んだ顔を見せてくれる事もありませんでした。

育児書で離乳食を始める時期になると、一口食べさせただけで激しい下痢が続くようになり、

ご飯の時間になると更に泣き喚くので、普通より2、3ヶ月遅らせて離乳食を開始しました。

それでもご飯の時間は悲惨でした。

 

1歳半まで全く歩かず大きくなってもずっと抱っこでした。

歩けるようになっても、家の外は2、3軒分しか歩こうとしませんでした。

近くは抱っこで、遠くは自転車に乗せて移動していました。

家の中でも、トイレに行く時、お風呂に入る時、そんな時も必ず「抱っこ!」と言われていました。

 

少しずつ大きくなり、言葉が出始めても、笑う事はほとんど無く、

相変わらず泣く事だけが表現方法でした。

赤ちゃんの頃からそうでしたが、ルール通りにしないと更に泣き喚くところがありました。

 

起こす時間、ご飯の時間、買い物に出かける時間、お昼寝の時間と言った時間のルール、

そして、服の着替えさせ方、ご飯の食べさせ方、買い物に行く道順、と言った順序のルールです。

赤ちゃんの頃から厳密にルールに従って生活していました。

なので、私と主人と娘の3人家族全員が

その全てのルールに束縛されたような生活を4年間続けました。

 

なので、他人との付き合いや主人の実家との付き合いはとても難しかったです。

時々娘を同年代の子供と遊ばせたいと思い、

家に呼んだ事もありましたが、それは悲惨な時間でした。

 

娘にしたら、いつもの家の空気と変わるし、私が他の人とお話しするのも許せなかったようでした。

ほとほと疲れるので、ほとんど人付き合いもしていませんでしたし、

自分のお洋服を買いに行ったり、同窓会に出席する事も全くありませんでした。

 

「他の子供と比べて明らかに違うな…」 「もしかして自閉症なのかな?」

とずっと思って何回も泣きました。

専門機関で見てもらおうかと思いましたが、そこまで連れて行く事を考えると、

遥か彼方の場所のように思い、その勇気すら湧かない状態でした。

 

そんな時、たまたま読んだ本に、

自閉症の子供とそうでない子供とははっきり分かれているわけではなく、

けっこうグレーゾーンの子供がいると書いていたのです。

 

つまり「育てにくい子供」というのは必ずいて、

それは親のDNAが悪いわけでもなく、育て方が悪いわけでもなく、

たまたまそう生まれてきただけという事でした。

そんな子供には100%合わせてあげましょうと書いていました。

 

そうする事で子供は頑丈な支えを得て、成長と共に、

自分の複雑な部分をコントロールする術を身に付けていくというような事でした。

 

なので、引き続きルールを重んじた生活を続け、他を見ず娘中心の生活を続けました。

腹が立つ事もあったし、涙が出る日も勿論ありました。

でも、その生活を続けて4年、急に娘が落ち着いてきたのです。

それまでは普通の幼稚園に行けるか凄く心配していましたが、

普通の幼稚園に行かせる事も出来ました。

 

今でも敏感で、私のちょっとした変化や環境の変化で取り乱したり、

体調を崩す面はまだまだ残っていますが、今の感じだと「自閉症かもしれない?」とは感じません。

「ちょっと繊細な子だな」といった感じです。

 

世の中には本当に発達障害のお子さんで、心悩ませている親御さんもいらっしゃると思います。

なので簡単な事は言えませんが、もしグレーゾーンのお子さんなら、

「とことん子供に合わせて生活しよう」と腹をくくった方が、

より早く出口に辿り着けるような気がします。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




広汎性発達障害 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL