5歳にして全世界の国旗を覚えた甥っ子

2歳の頃から手のひらを自分に向けてバイバイする甥っ子。

電車のおもちゃで遊ぶときは、ただ走らせるのではなく、

床に張り付いて下のアングルから電車を観察している。

花火の音でパニックになる。

目線が合わない。

受け答えができない。

 

疑いはありましたが、診断がおりました。

「自閉症」でした。

 

私は発達障害児に関わる職に就いていたので、知識がありました。

甥っ子に療育に行かせたほうが良いと最初に勧めたのは私です。

療育を勧めるのはとても心苦しかったし、自分の兄だからこそ言いにくかったです。

お義姉さんは気付いていて療育を受けさせたいと。

ですが兄は受け入れることがなかなかできず、普通だからと言い切りました。。

 

実は、甥っ子は二人兄弟で上の子もADHDの診断がおりていたのです。

だからこそ認めたくなかったのでしょう。

ただでさえプライドが高い兄ですので、

自分の子どもが2人とも発達障害なんて認められなかったのだと思います。

障碍者にしたくないと言っていました。

 

実家で家族会議もよく開かれました。

このまま療育せず、普通に生活させていくことが本当にこの子のためになるのか。

兄のエゴでしかないんじゃないかって。

 

発達障害児を持つ親の気持ちは、わかりたいと思ってもわかりません。

わかります…とは絶対言えません。

だって私には子どもがいないから。

どんなに甥っ子が可愛くても、愛しくても

「辛い気持ちわかるよ」なんて適当なこと言えませんでした。

 

そんな時、職場の先輩に相談したときに言われました。

「この仕事に就いているからこそ言ってあげられることがあるんじゃないの?

甥っ子さんのためにも出来ることはあるはず。」と。

その言葉でハっとしました。

専門知識があるからこそ生かせれる言葉もあるし、伝えることもできるって思いました。

 

そして、私の仕事内容を兄に話しました。

発達障害を持つ子どもの実態、過ごし方、支援の方法。

生き辛さを感じるのは親じゃない、子どもなんだということ。

その気持ちに気付いてあげてほしい。

少し苦手な分野があるだけで、私たちの目線では気付けない発見をたくさんしてくれること。

誰だって認めてもらえないのは辛い。

この子が発達障害を持って生まれてきたことを親の貴方が認めてあげないと誰が認めてくれるの。

 

兄は泣いていました。

言葉はなくてもその涙は兄が自閉症の甥っ子を受け入れてくれた証でした。

協力し合って支援していこうと決めました。

 

どんどん甥っ子は成長し、5歳で全世界の国旗を覚え、

ずば抜けて優れているその記憶力を発揮しました。

兄は嬉しそうに何度も何度も甥っ子に国旗カードを見せ、

カードを見た甥っ子が国名を言うたびに私に向かってドヤ顔をしていました。

私たちの想像を超える能力を持っている甥っ子のこれからの成長がとても楽しみです。

 

そんな甥っ子は小学生になりました。

療育に通いながら支援学級で毎日頑張っているようです。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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