発達障害者の生徒との4年目の触れ合いに思う事

私がアペール症候群の彼女と初めて出会ったのは、

彼女が小学校の5年になった時でした。

 

彼女はこの歳に至るまでに8回の手術を経験しており、

一番大変だったのが、手足ともに指がくっ付いていたものを切り離す手術だったそうです

我々と異なり、指の太さもばらつきがあって

決して美しく切り離されているわけではありませんでした。

そのため彼女は、私と初対面時は前に手を出す事はなく常に後ろに隠し、

言葉も何を声かけしても返答らしき言葉のないような子供でした。

 

親のご希望で、「多々の手術の為に学習能力が低下しているので、

学校の特別支援クラスの学習のサポートをして欲しい」という事でしたが、

それ以前に、彼女の心の改善が必要と強く感じました。

 

先ずは、彼女と友人になる事からで、私と二人学習は手を堂々と人前に出す事と、

他人との会話ができる事からで、学習は二の次状態でスタートしたのでした。

 

それから半年後の彼女は学校の支援学級では、

積極的に下級生や自分より重度の子供達の面倒を見る子となり、

学校から褒められる事もしばしばでした。

 

そして現在、彼女は中2となりました。

私の力不足もあって、学校では2人の友人は出来たものの、

塾は私の所だけという枠からはみ出そうとしないで、

相変わらず他の人が苦手のようです。

 

自分から声掛けするのは大変そうですが、

どうにか自分を優しく扱ってくれる大人に関しては、

小さな声でも返事をするようになってくれ、

世間に自分の手を出す事にも慣れてきて、

同級生のいたずらな暴言位には以前のように泣く事もなく、

平然を装う事がどうにか出来る状態です。

 

彼女の能力に関しては、

自分の興味のある事、例えばタカラジェンヌや、嵐のメンバーの事であれば、

馬鹿ほど詳しいのですが、苦手科目等に関しては、学習する意欲が一時あっても、

即座に消えていくといった状態です。

 

例えば国語のテストでも、一つの漢字が好きであれば他の漢字も覚えるのですが、

一つでも覚える事がイヤな漢字が含まれているテスト範囲ですと、

漢字の部分は全滅状態で返却されるといった風に日々を過ごしているのです。

 

彼女の母親の願いは大きくて、何とか高校に行かせたいだけではなく、

支援学級に籍を置きたくないという事でした。

つまり、どこの私学でも良いから普通学級で学習させるのが母の希望だという事です。

 

私自身、人の親ですから母親の希望する気持ちはわかるのですが、

出来る事ならば、彼女がやっと身に付けた明るさと笑顔の為にも、

彼女の希望する「いつか、私でも、人の役に立つ仕事がしたい。」という気持ちを受け止め、

介護等の分野で学習して行き、出来る事ならば将来、

自立の真似事程度は出来るような環境を与えてみる事も考えて欲しいと伝えています。

 

色んなイヤな経験をしてきた彼女はこれからも、

人にあるまじき暴言に心を痛める事もあると思いますが、

折角、強くそして優しく笑顔で生活する事を覚えた彼女がこれからも、

強く活きていって欲しいと願うばかりです。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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