発達障害、あってよかったかも。

うちの子、今3歳なんですが、わずか1歳のときに発達障害と診断されました。

だいたい、わが子が発達障害、というお話を聞くと「かわいそう」だなーと、

なんというか、ネガティブなことのように捉えられることが多くて、

(自分も、子どもを持つまでそう思っていました)

さらに、当事者である親御さんたちも、なんとか定型発達(いわゆるふつうの子)

のお子さんに近づけようとあの手この手必死だったりするんですが、

わたし自身は、子どもが発達障害児であったことはすごくラッキーだったなと感じておりまして。

 

と、書くといい子ぶりっこすぎますかね。

そういう面もあるかもしれません。

ただね、本人が、も~のすごく自由なんですよね。

 

おそらく、発達障害児が目立ってしまう、親御さんが困ってしまうというのは、

「右へならえ」が不得意だからだと思うんですね。

静かにすべきところで静かにしなかったり、言葉を話してそうな場面でなんかすごく叫んでいたりとか。

食べ物でないものを食べてみたりとか。

おもちゃなんかも、そのおもちゃを作った人の意図通りには遊んでくれないですよね。

けど、そこがすごく良くて。

なんていうか、いかに自分が今まで、勝手に、ここはこうしなきゃとか、

世間的には~とか、ふつうは~、常識は~みたいな蜃気楼のようなものの中で、

モノを考えずに流されて生きてきたんだろうって感じがするんです。

 

別に叫んだって、ケガしないし、

(図書館で、静かに本を読みたい人が集まってるのに、

延々騒ぐとかはマナー違反で、だめかなと思うのですが)

子どもがなんかやって、大注目されたとしても、たぶん気のせいだし、

その場にいた人10人、3分後には、今見た光景忘れて別のこと考えてたりするし。

 

自分、自分たちにとって余計なものが、どんどんそぎ落とされていく。

また、「はみ出す勇気」を、毎日毎時間くれる。

そういう存在だなぁと思うんです。

先生みたいですね。

だから、必死に、普通の子に近づけようとするとかは

せっかくおもしろい、いいもの持ってるのにもったいない!って思ったりもします。

変な子?変な親?全然それでいいじゃん~って。

 

子どもが生まれ、発達障害を抱えていることがわかってから、

本当に、自分の考え方や視点が変わったなと感じています。

そうであってくれて、よかったって、自分は思えます。

 

大変ですね、って言ってもらうことも多いんですが、

定型発達の子育てをしたことがないわたしには、それが大変かどうかもよくわからなくて。

発達障害、提携発達、大人、子ども、とかついつい大きく分けて、色眼鏡で見てしまいますが、

本当は一人ひとり個人が、個性あふれる、面白くってかけがえのない命ですよね。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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