大切な息子

息子は小学校6年生。

保育園の頃から何となく他の子どもたちとは違いました。

 

小学校1年生の時にADHDと診断され薬も服用し始めました。

私も、よく理解のないまま子育てをしていたので、本を読んだり療育機関に通ったりしました。

ですが知識だけは入ってきても息子には通用せず頭ばかり使って、

~してはいけない。と、ばかり言い認めてあげることが出来ていませんでした。

本当にダメな母親です。

 

周りの子どもたちに迷惑がかからないようにそんなことばかり考えていて

息子の気持ちに寄り添っていなかったんだと思います。

そこから少しずつ私も息子のことを理解し息子にあった伝え方などが出来るようになりました。

 

学校生活は毎日が地獄でした。

母親である私でさえ理解するのに時間がかかったのに周りの保護者たちになんて理解できるはずがなく、

こどもどうしでは気にしないことでもそこに大人が入ってくると状況が悪くなりました。

 

悪いことは全て息子のせい。

毎日のように電話があり謝ってばかりいました。

人のせいにしたくないので息子にも誤解されるようなことがあったはずと考えていました。

 

次はそんなこと言われないようにしようと頑張ってきました。

何年かすると周りのこどもたちも私の息子は悪くないということに気がついてくれ

仲良く遊べる友だちもできるようになりました。

また理解のある担任にも恵まれて楽しい学校生活を送れる日々が増えて安心していました。

 

ところが福祉の勉強などで障がいのことを習ったときにクラスの子が息子にお前のことだ。とか、

修学旅行など子どもだけの密室の中で酷くからかわれてしまったようです。

私に心配をかけまいと楽しかったと思い出を話してくれそれを信じていましたが、

それから何かが崩れるかのように気持ちが不安定になり学校へも行き渋るようになってしまいました。

 

それでも何とか登校していました。

先生の見ていないとこでからかわれたり最初は我慢していたけど

しつこかったようで我慢の限界にきてしまい大暴れしてしまいました。

恥ずかしいですが他のことはそれなりにこなせていたので

大暴れするまでそんなことがあったとは気がつけませんでした。

 

何か嫌なことがあったのは気がついていましたが、

他にも色々とサポートしていたので障がいと言われていたことを息子から聞くまでは知らなかったし

傷ついていたことに気がついてあげられなかったんです。

そこから不登校気味になり今に至ります。

 

担任の先生や他の先生も全ては理解できなくても息子のために動いてくれています。

私も全てを理解してもらおうとは思っていません。

私自身もまだ全てをわかっているわけではないので。

 

ただ私は息子にとっての一番の理解者だと思えるようになりました。

学校や周りにはわかってもらえそうな、理解してくれそうなところから伝えるようにしています。

もうすぐ卒業式です。本当によく頑張ってきたなと思います。

マイナスな個性も裏を返せばプラスになると

これからも息子と楽しい話をしながら頑張って生きていこうと思います。


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