お母さんの接し方一つで子どもが笑顔に

友だちのBくんは赤ちゃんの時は特に人見知りが激しいわけでもなく、

寝返り首すわりも問題なく成長していました。

1歳のお誕生日前には立ち上がり、一人歩きも順調でした。

でも言葉は遅く、2歳の誕生日を過ぎてもなかなか話しませんでした。

 

でも3歳半くらいになると急にキレイな発音ですらすらと話し始め、みんなほっとしました。

話し始めると、記憶力がとても優れていることに気づきました。

興味を持ったことを完璧に覚えていて、

日本中の電車の名前と駅の名前を全て覚えることから始まり、

ポケモンのキャラクターを全て丸暗記するなど、大人たちもびっくりでした。

 

遊び方も独特で、大好きなミニカーをキレイに縦に並べて遊んだりしていました。

その頃は偏食はひどく、ほとんどお米しか食べていませんでした。

食事会での集まりの時、自分の前に食べ物が沢山並んだ時は怒って泣き出してしまうこともありました。

 

ただ、Bくんのお母さんはとても楽しく子育てをしていました。

Bくんが3歳の終わりにの時弟が、生まれた時も、赤ちゃん返りがひどく、

弟がオムツをするなら、自分もオムツをする。

その時Bくんは4才になっていて、パンツの上からオムツをしていました。

 

弟が抱っこされるなら、自分はおんぶ。と、お母さんは「大変よ?」と言いながら笑っていました。

産後の大変な時に、「お兄ちゃんでしょ!」と怒ることも出来たけど、

それをせずに、一つ一つ納得いくように受け入れてあげてる姿に、感動したのを覚えています。

 

今、小学生のBくんは小学校では勉強の時だけ、特別学級で学習していますが、

とても、友だちも多く明るく元気です。

友だちの輪にも臆することなく、入って行けます。

たまに癇癪を起こして叫び泣き叫ぶこともありますが、Bくんは決してお友だちに手を出すことはありません。

怒って大声で泣き叫びますが、両手を万歳の形に上げ、拳を強く握りしめ、その格好のまま怒ります。

きっと、お母さんがBくんに対し手を上げることがないんだろうなと思いました。

 

そんな時もBくんのお母さんは、ムリに黙らせることはせず、とても冷静です。

(それでも、Bくんが直ぐに泣き止むことはありませんが)

なので、時間が経てば、Bくんは出し切ったようにケロっとします。

お母さんの余裕のある子育てが、今のBくんの明るい性格を作っているんだな、と思います。

 

そんなBくんのお母さんに会った時には、子どもに優しくしよう!と思います。

優しいお母さんは伝染するものです。


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