ADHD当事者の苦悩

発達障害の一つである「ADHD」の当事者です。

私の場合、昔から自己管理に難がある状態でした。

一度に複数の処理を行うマルチタスクが苦手だったため、忘れ物や勘違いをしょっちゅうしていました。

行動への意欲も低く、やるべき事を後回しにして結局忘れたまま放置してしまうのです。

 

これはADHDの症状である脳のワーキングメモリの不足による弊害と思われます。

ワーキングメモリとは、一度に複数の情報を処理するための脳の領域の事です。

ワーキングメモリは例えるなら『机』であり、ワーキングメモリの容量は『机の広さ』に相当します。

 

人間は視覚、触覚、嗅覚など様々な情報を常に外部から受け入れていますが、

この情報を一時的に机に乗せて処理しているのです。

机が広ければそれだけ大量の情報を処理できますが、机が狭いと情報はすぐに溢れてしまいます。

ADHDを持つ人間は、先天的にこのワーキングメモリの容量が小さいという特徴があります。

ADHDの忘れ物や凡ミスはこれが原因で起こると言えるでしょう。

 

学生の時分はまだマシな方でした。

忘れ物は親の管理もありましたし、授業はただ聞いていればいい。

この時点で自分が発達障害だという認識は全くなかったのです。

 

少し違和感を覚えたのは高校時代に初めてアルバイトをした時です。

私は学校の近くのスーパーで品出しの仕事をしていました。

商品の在庫を確認したり、バックヤードから商品を補充したりする仕事です。

そこではビールのケースを落として割ってしまったり、米の袋を引っ掛けて中身をこぼしてしまったり、

間違った商品を補充してしまったりと、凡ミスを繰り返す日々が続いていました。

 

そんなある日、同じ職場の別部署でアルバイトに入っていた同級生からこんな言葉を聞いたのです。

『主任が、あいつ(私)使えないわーって言ってたぞ!』

私は非常に大きなショックを受け、数日も経たないうちにそのアルバイトを辞めてしまったのです。

これまでは初めてのアルバイトだし誰でもみんな失敗くらいある、そう思っていました。

 

しかし周りと比べて私が劣っていると思われた事、

最初は愛想良く対応してくれていた主任が私の陰口を言っていた事、

それが同級生の口から語られた事、

全てが耐え難いほど辛かったのです。

解放されるにはその場から逃げ出すしかありませんでした。

 

その後、社会人になり一人暮らしを始めて親や教師の管理から離れると、

ADHDの症状が本格的に私を苦しめるようになりました。

ただでさえ注意力散漫な上に複数の事柄を並行してこなせない私にとって、

常に臨機応変な対応や、正確なホウレンソウなどが求められる職場は毎日が地獄のようでした。

 

例えば、私はまず電話を受けてメモするという事ができません。

声を聞く事と、相手に対応して喋るという事、言われた事を覚えて紙に書くという事が同時にできないのです。

メモしている間は相手の声が頭に入ってきませんし、喋っていると何をメモしていいかわからなくなるのです。

結局仕事は長続きせず、その後も職場を転々としては親の仕送りで食いつなぐ日々が続きました。

一年ほど無職だった期間もあります。

 

私は現在、一般の職場で社員として働いていますが、未だに初歩的なミスで怒られる事が多々あります。

幸い、理解してくれる人がいるため何とか続いていますが、頭の中は毎日戦争状態です。

 

ADHDは私のような悩みを抱えた方が数多くいると思います。

まずは自分の事を理解して下さい。

自分の特性はどんなものなのか。

そして周りに助けを求めて下さい。

私たちは自分一人ではこの悩みを解決する事はできません。

生きるため、社会に心を殺されないためになりふり構わず助けを求めるべきです。

少しでも多くの、同じ悩みを持った方々への私からのメッセージです。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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