障害より、本人を本気で見ることが大事です

発達障害が日本で話題に上ることになり久しいですが、

発達障害について先進国であるアメリカと比べた場合に、日本は40年の遅れをとっているといわれます。

六人に一人は発達障害であるというデータも出ているほど、実は非常に多くの人が発達障害の範疇に入ります。

現段階では、右脳と左脳の連携が、健常者と呼ばれるいわゆる普通の人々のようにスムーズでないという、

脳の機能によるものが最大の要因とされています。

 

本来発達障害は、正式な判定のためのテストを受けて、初めて認定されるものです。

しかしここ数年の危うい傾向として、クリニックを開業している精神科医までが、

判定のためのテストを受けさせることなく、

患者に対して「あなたは発達障害ですね」と口頭で伝えてしまう状況があります。

このことは危惧すべき点です。

 

長きにわたり、日常生きづらさを感じてきた患者が、

「ああ、そうだったのか。自分の生きづらさに医師から名前がついて、やっと楽になれる」と感じてしまうと、

本来は前進できた状況を、停滞もしくは後退させてしまう危険があるからです。

 

これは精神科医が自ら昨今の発達障害ブームに乗っかって、患者を増やしている状態です。

自分から「先生、私は発達障害でしょうか」と、来院する患者が増え続けている現実があります。

そもそも発達障害は、幼少期に既に症状が明らかに出ているといわれます。

例えば、周囲と明らかに打ち解けられずに浮いてしまう、

或いは一人遊びがとても好きであったなどの、顕著な症状を呈します。

また、学生時代は家族や教師、友人、そして時間割などに、ある意味では守られて過ごしてきた人も多くいます。

つまり、社会人になってから、時間の管理ができず毎回決められた時刻に大幅に遅刻してしまう、

あるいは、自宅や職場で同じ種類のものをいつでもばらばらに置いてしまい、

忘れものを繰り返したり、会社の所有物を紛失し始末書をたびたび書いている、

など、一人暮らしを始めてから自分が発達障害であると気づくという人が非常に多いという事実があるのです。

 

難しいのは、発達障害の認定を受けずに、社会人として生きていく場合に、

最良のパートナーであったり、本人を理解する家族であったりが、

本人と共同生活を営める状況であれば良いのですが、そうでないケースです。

つまり発達障害がまだ広く、そして正しく認知されていない日本では、

幼児期に発達障害の特徴的な傾向が見逃されやすく、

加えて社会の支援体制も未発達なため、大人になる過程や、

同じ職場で継続して勤務する場合に数々のハードルを、

本人がたった一人で、非常に苦しみながら超えてゆかなければなりません。

 

この忌むべき状況に関して巷で言われているのは「35歳限界説」というものです。

これは、適切な支援を受けないまま社会で生きていく中で疲弊し、

自分自身にすっかり自信を無くしてしまうため、

35歳になるころには、生きる目的も喜びも見失ってしまう人が多く存在するということを伝えていることばです。

 

よく病について、「病気を見るな、人を見ろ」といわれます。

これは発達障害についてもあてはまります。

つまり、本当に本人の力になりたいと願う場合に周囲の人間ができることは、

「発達障害という名前に惑わされることなく、本人が何を望んでいるか、

何をたびたび訴えているか、その声を本気で聴くこと」なのです。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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