障害児の就学について

私の子どもは生まれながらの障害を持っていました。

子供の2歳児検診で言葉がでないことを気にし始めていました。

呼びかけに反応しにくいなどのことから障害に気づきました。

 

その後、療育訓練に向かうことにしました。

週に2回ほど60キロ離れた療育訓練に通いました。

 

いつものように訓練に通い小児心理の先生の診察を受けていたときに

診察室に看護師さんが飛び込んできました。

「〇〇ちゃんのお母さんが〇〇ちゃんの首を絞めました」

と叫んで飛び込んできたのです。

幸いにも大事にはいたりませんでした。

 

このお母さんの気持ちはよくわかります

明日は我が身という感じでした。

 

小学校の入学式が近づいてきたので小学校の入学に向けて

学校で机に向かって座って勉強をできるようにという方向で

椅子に座ったいる訓練とか

もちろん言葉、文字を書く、計算をするなどの訓練をしていきました。

 

いよいよ小学校の入学式となりましたが心配も不安もなくなりませんでした。

案の定、入学式ではじっとしておらず、奇声を発して歩き回っていました。

入学式の緊張感とか参列した人の多いことに舞い上がってしまったのでしょう。

 

その後、学校生活が始まりましたが落ち着くことはありませんでした

学校中を歩き回る状態です。

 

家に帰ると「馬鹿」「人間じゃない」などと聞くに堪えないことばを叫んでいましたが

この言葉は先生が子供に怒鳴りつけていた言葉だったのです

子供は意味もわからずに自分に言われたことをオウム返しのように繰り返していたのです。

 

小学校の入学に向けて何年もかけて訓練をしてきたはずなのにガッカリでした。

子供の訓練はしてきたのですが小学校側との話し合いはしてなっかった事に気づきました。

反省です。

学校の先生というのは優しく受け入れてくれるものとも思い込んでいました

 

これではいけないと支援学校に転校を希望しました

しかしこれがまた大変でした。

小学校側との話し合い、市教育委員会にお願い、

支援学校は県立なので県の教育委員会の了解、支援学校にお願いということでした。

 

どうしてよいかわからず、色々な手続きを無視して直接に支援学校に相談にうかがいました。

優しく力強く相談に乗ってくれました。

支援学校でのアドバイスを受けてこれを力に小学校、市教育委員会にお願いして

ようやく支援学校に転校が決まりました。

 

しかし私としては小学校の1年か2年生くらいは障害のあるなしにかかわらず、

一緒に生活することで将来差別のない社会に近づくことができるのではないかと思います。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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