発達障害の弟が特別支援学校に行って変わったこと

私には自閉症と知的障害を併せ持った弟がいます。

小学校の就学児健診で自閉症の疑いがあると言われ、検査をしたところ

軽度の自閉症であることが分かりました。

 

小学校は通級という形でメインは親学級に所属していました。

中学校に上がるとメインを支援学級にしてそちらで多くを過ごしました。

高校は支援学級がないので、支援学校に進むしかありませんでした。

 

弟は身長の割にとても華奢で、荷物を運ぶなどは苦手な方でした。

家族となら出かけるのですが、基本は家にこもって

プラモデルを作ったりパソコンで絵を描くことが好きでした。

 

しかし、それを変えてくれたのが進学した支援学校でした。

支援学校では週に数回農作業の時間があります。

それで無理にでも外に出ます。

暑い日でも寒い日でも草むしりをしたり畑を耕したり作業を繰り返しました。

 

更に、学校にはスクールバスがあるのですが、高等部は基本的に自力で登校します。

自力で登校することが進学の第一条件なので、当然例に漏れず弟も自力で登校していました。

もちろん暑くても寒くても自力で駅から30分歩いて登校していました。

 

他にもマラソン大会の練習などでかなり多くの時間外に出ていたせいか、

大学で地元を離れた私が帰ってきたら弟が真っ白だった肌を真っ黒に焼いて迎えてくれました。

しかもちょっと筋肉もついてたくましくも見えました。

 

また、作業の時間で諦めることをやめたようにも見えました。

一つの目標に向かって糸を紡いだり縫ったりそのような作業で

「できないからやめる」ということはできません。

先生たちが説得して作業をやめさせないことで

時間がかかってもやり遂げるということを学んだようです。

 

家で何か手伝うとしても、今までは「無理だできない」とすぐ諦めていたのが、

そう言いながらも努力してやり遂げようとする姿を見せるようになりました。

 

そして、何より友達がたくさんできたそうです。

学年の壁を超えて高等部だけでなく小中学部の人とも友達になれたそうです。

マイタイムというゆるめの部活があり、

それに参加することで友達がたくさんできたのだそうです。

 

連絡を頻繁にとっている訳では無いですが、

年賀状のやりとりや成人式の祝いという会で再会したり、

卒業生のレクリエーション活動で一緒に活動したりしているそうです。

 

母も支援学校のおかげで弟は変わったと言っています。

入れていなかったらどうなっていたんだろうか、

就職もできず家に引きこもる生活になっていたのではないだろうか、

そんな話を時々します。

 

支援学校は障害のレッテルを強く貼り付けるところではありません。

その子が一人でも強くたくましく生きられるように教えてくれる場所です。

ぜひ参考にしてくださいね。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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