ある3年生の女の子

あるクラブの指導員をしていた時のことです。

そこにAちゃんという、3年生の女の子がいました。

その子は発達障害がありました。

 

初めて会った時の印象は、整った顔つきに、今時の子というような、細身の子で、

男の子顔負けの言葉遣いが気になる元気な女の子という感じでした。

お母さん小さいころ亡くなったとのことで、お父さんと2人暮らしでした。

 

その子との思い出で印象に強いのは、やはり宿題です。

学校が終わり、クラブに来て宿題をするのですが、

その女の子は、いつもやる気はあるけど、なかなか始められません。

でも、6時のお父さんのお迎えの時までに、宿題を何としても終わらせるという思いはいつもありました。

たぶん、お父さんと約束していたんだと思います。

 

2年生くらいまでは、「字が上手だね?」とか、「わ、こんなのもわかるんだ!」などと、

やる気になるような言葉かけをしながら何とか宿題をさせていましたが、

3年生くらいになると、難しい年頃なのか、下手に褒めると、

「静かにして!」とか「あっちに行って!」とか怒られます。

なので、付かず離れず、という距離が大事でした。

 

近くにいて、こちらからは何も言わず、その子が聞いてきたら答える。

という具合でした。

 

それでも、機嫌のいい日は休み休み取り組み、宿題を完了させます。

機嫌の悪い日は、派手に暴れます。

癇癪で宿題を破いてしまったり、怒ってトイレにろう城したり、クラブから出て行こうとしたり。

宿題を最後までやろうとする意思との葛藤なんだろうなと見守っていました。

(クラブでは、特に宿題は全部終わらせて帰らないといけないという決まりはありませんでした)

 

ある日その子が「パパ帰ったら、私の好きなの作ってくれるから!宿題おわらせたい。」

と笑顔で言っていました。

父子家庭でしたが、夜ご飯も、お弁当もきちんと作ってくれていたようです。

仕事帰りに買い物に行って。

なかなか出来ることではないなと思ったのを覚えています。

 

ある日、いつものように宿題の時にその子の隣に座ると、

「大人に頼ってばかりじゃいけないから、あっち行って!」と、ツンとされました。

どうしたのかなと思って離れていました。

次の日も、その次の日も、大人にべったりだったけど、

何か気持ちに変化があったんだろうなと思っていました。

それと同時期に、お友だちとのトラブルも増えました。

 

それから、数日後お父さんの転職を機に

その子が親戚の家でこれから暮らすことになったことを知りました。

お別れの日は、ハイテンションでした。

そして前の甘えた女の子に戻ったようでした。

明るく元気な女の子なので、きっとみんなと楽しくやっていると思います。

またいつか会いたいな、と思います。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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