40代で発達障害に認定された方の就活

私は障がい者さんが一般企業に就職するための支援をする仕事をしていました。

就労移行支援施設での勤務だったのですが、

元々は知的障がいの方がメインだったのですが、

最近は精神障がいの方や発達障がいの方も増えてきました。

 

A子さんは高校を卒業後アルバイトばかり転々とされてきましたが、どこも長続きはせず、

うちの施設に来られた時は40代半ばにさしかかっていました。

お母さん曰く、幼い時から言動におかしなことは多々あったそうですが、

学力にさしたる問題もなく、偏差値は低めですが一般の高校も卒業されていました。

極端に不器用であることや、空気を読まないおかしな言動で小さい頃からいじめを受け、

友達もおらず、不憫ではあるけれど障がいを疑ったことはなかったとのことでした。

 

学力に問題のない発達障害の場合、このようなケースも少なくはありません。

福祉を勉強され、支援学校の教諭になった親戚の強い勧めで

42歳の時に福祉機関で調べてもらったところ発達障害が判明し、

ご本人の就職したいという希望からうちの施設に来ることになったのです

 

40代まで障がいが判明しなかったということは

親のしつけが悪いとか、変な奴だとか言われ続け、親子でどんなに辛かったことかと思います。

お母さんの言動には今も娘が障がいを持っていると認めたくない思いが強く感じられます。

もっと若いときに対応していればまた違った支援が受けられたかもしれませんが

典型的なAD/HD(注意欠陥多動性障害)でした。

 

とにかく多弁で、聞いてもいないことを一方的に話し出す、

他の人の会話にぐいぐいと入っていく、人の気持ちを読めないから話を遮ったり、

面と向かって悪気無くタブーな質問をしてしまうなど、集団生活が厳しいタイプの方でした。

変な子よりも嫌な子と思われかねません。

 

高校生の時などは同級生に暴力もふるわれたこともあったそうですし、

バイト先でも先輩に蹴れらたとおっしゃっていました。

 

実習では注意を受けてもすぐに忘れてミスをしてしまいます。

元々人の話を聞いていないので何度も同じミスを繰り返します。

軽作業ではふたつまでの作業工程の仕事ならできますが複雑なものになるとミスが目立ちました。

1日の終わりにやっと何とかできるようになったとしても明くる日はまたリセットされています。

 

清掃の実習では、ゴミの見落としや誰かが通ると気を取られて作業の手が止まったり、

とても就職できるレベルではありません。

バイト先を転々とするしかなかったのもうなずけます。

 

自分は障がいではないからすぐに就職してここを辞めると公言されていましたが、

面談を重ねてじっくり自分にあった職場を探しましょうということをお話していきました。

 

彼女の強みを探して、それを生かせる仕事は何か、そもそも強みは何かを探り続けた毎日でした。

失敗の繰り返しでもできたときには褒めました。

人に親切なこと、抜けは多いけれど自分なりに一生懸命されている様子から

1年半で福祉施設の食器洗浄で就職が決まりました。

2週間実習して認めていただいた上での就職でしたが

周りの方が障がい者さんに理解のある職場だったことが幸いでした。

 

ところが最初はミスも大目に見てくれていた仲間も

だんだんなぜこの子と自分たちとの時給が一緒なのかと不満を持ち始めたようでした。

普段の会話でも不愉快なことを言われたり、

自分たちの話に聞き耳を立てて会話に口を出してくることに不快感を覚えたりと今までたどった道でした。

 

ジョブコーチが入って関係修復に努めましたが本人も希望もあり退職されました。

2ヶ月でした。

今は所謂障がい者さんの作業所で働いています。

あの1年半の実習は彼女にとって何だったのかと思いますが

勉強は好きな方ですので一緒に学んだことは覚えておられます。

それを実践するスキルがないだけです。

 

企業では厳しかった彼女の言動も理解していただけて

安心して居られる場所が見つかったのは悪いことではありません。

就職することだけが幸せではないのでしょう。

製菓や製パンをメインにする作業所で楽しそうに働いておられます。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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