銀行員になってADHDだとわかりました

社会人になって初めて自分が大人の発達障害、

いわゆるADHDであることに気づきました。

 

気づいたきっかけは「人と同じレベルの事務作業がまったくできなかった」ことです。

周囲も不思議がるくらいに仕事ができず、

毎日ミスを繰り返していくうちにインターネットでADHDという言葉を知り、

心療内科を受診したところ発覚した、という流れです。

 

私のざっくりとした経歴と今まで無自覚だったADHDの症状を紹介します。

まず経歴から。

いわゆる学力は通常より高かったため、成績優秀、県内No.1の偏差値の高校に入学、

都内の私立W大学へ進学、メガバンクの総合職、法人融資担当として就職。

経歴は見るも素晴らしいものです。

 

しかし一方で今思い返してみれば幼い頃からADHDの兆候はありました。

小学生の頃は毎日転んでいて、20歳までに6回骨折しました。

物の管理ができないため、ケータイは半年経たずして壊したりなくしたりします。

水没、破損、紛失、合計30回じゃ足りないくらいしています。

財布も両手くらい紛失。

 

社会人になって初めて一人暮らしを始めたら今度はお金の管理ができない。

水道光熱費の支払いをしなければならないとわかっていても通電等を止められるまで支払えない。

毎月水道も電気もガスも止められます。

給料日前になるとお金が足りなくなって困窮します。

片付けもできないので家はゴミ屋敷でした。

また、自己管理もできないのでお酒を飲みまくり、

過食嘔吐が悪化していき、健康状態を保てなくなりました。

 

私のADHDは女性に多いと言われる注意欠陥型に偏重したタイプのもので

行動の多動性はあまり見られません。

しかし衝動性は非常に強く、よく言えば行動力があると表現できます。

なのでまわりの友人からは破天荒なことをしでかす面白いやつ、という認識とともに、

いつもなんかやらかすおっちょこちょいなやつ、という認識を得ています。

 

私はADHDですがアスペルガーを併発しておらず、人当たりがよいこと、

又、まわりの方々が私のことをおっちょこちょいの面白いやつ

と可愛がってくれることから非常に楽しく生きていけています。

もちろんいざ職場となるとおっちょこちょいの許されない銀行員だったので生きづらさがありました。

 

また、通常の生活を営むのはかなり難しいです。

そのため、私は銀行を辞め、一人暮らしを辞め、

今は実家に戻り自分にあった職を探しながらゆっくりと前に進み始めています。

いつかどこかで自分にぴったりの道を見つけられるように、

まわりの人に支えていただきながら生きていきたいと思っています。

そしていつかまわりの人たちに恩返しができるような人間になりたいと思っています。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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