社会人になって発達障害と気づいてわかったこと

発達障害という言葉が世の中に出始めたのは今から十年ほど前だったかと思います。

ちょうどその言葉を知ったのはたまたま本屋で出会った発達障害の本がきっかけでした。

実は大学を卒業してから、ある企業にの事務職として入社したのですが

いざ業務についてみると普通の人ができることが自分にはどうしてもできないことがわかったのです。

 

たとえば、愛想よく笑う、会話の中に相槌を入れるといったコミュニケーション面のこともそうですが、

電話を使っての会話がまったくだめで電話をとったままメモをとるということもできませんでした。

これらができないということがわかると、企業側は私を雇ってから2ヶ月で解雇しました。

 

自分は今まで普通だと思って生きていたのに、

社会に出た途端普通のことができないことに気が付き、

その原因が何にあるのかということを真剣に考えてみました。

そして発達障害という言葉と出会ったのです。

 

調べれば調べるほど、発達障害は私の幼少期の様子と非常に当てはまりました。

私は幼少期から人とのコミュニケーションが苦手で、人の話を聞くことができませんでした。

突然場違いなことを言ったりしていると友達が離れていってしまったということがありました。

さらに、運動神経も悪く、組み体操や縄跳び、鉄棒など全般に苦手でした。

その分、文章を書いたり、絵を描いたりするのは得意で面白いアイデアはポンポン浮かんできました。

 

私は成人になってから自分が発達障害ではないかと気がついたのですが、

当時は大人の発達障害を診断してくれる病院は全くない状態でした。

やっと予約できた医院でようやく軽度のADHDであると診断されました。

その事実を両親に伝えると、最初はその事実について全くとり合ってくれず

”甘え”だとか”医者が間違っている”などと逆に怒られてしまいました。

それでも、今まで自分自身が抱えていた自分がなぜ普通のことができないのか

という疑問について少なからず答えが出たことは私にとっては救いでした。

 

発達障害は治療することはできません。

特に成人の場合は薬などで症状を改善することはほとんど不可能です。

そこで私が考えたのは発達障害をハンデと受け取るのではなく特性であると考えるようにしました。

それまでは人並みに普通の仕事につかないといけないと思っていましたがそんな考えをやめ、

自分に向いた仕事を選ぶようにしました。

 

その一貫として学び始めたのがデザインの勉強でした。

デザインは基本的に人としゃべるよりも作業の方が多い職業です。

さらにソフトを操作できる技術があれば在宅でも仕事を受注することが可能なのも大きな魅力でした。

1ヶ月ほどでソフトの使い方を覚えた後は、いろんな会社で短期間の入力業務に従事しながら、

今は在宅で仕事を受けられるほどになりました。

 

発達障害とわかった以上は無理に普通に合わせるのではなく

自分の特性を活かせる職業についたほうがいいかと思います。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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