発達障害の義父が教えてくれている事

私は発達障害を知りませんでした。

知ったのは3番目に生まれた息子が小学生の時でした。

義父も主人も息子も読み書きが苦手な遺伝なんだと軽い気持ちで思っていました。

 

息子の担任の先生の勧めで特別支援学級に通いそこで初めて発達障害を知りました。

発達障害は遺伝なので義父、主人、長女、長男と発達障害だと判明しました。

義父はとても頑固で職人気質なのだと思っていたのですがどうやらそればかりではなかったようです。

 

義母は数年前に他界して義父は古い家に一人で住んでいます。

折り合いが悪かった息子である主人は私と結婚して実家から20分程のところに家を買い住んでいます。

 

「一緒に住もう」と主人が申し入れても「そんな狭い家には住めない」と拒んでばかりです。

震災後の義母の葬儀で墓石は「背の高い物でなく低い方が良いのでない?」と言っても

昔ながらの背の高い墓石を建てました。

仏壇は「小さめで」と言っても大きな仏壇を注文しました。

いずれ仏壇をお守する我が家には入らない代物です。

義父はかたくなで身内の言う事に耳を傾けません。

それでいて近所の人に言われた事は気にして私に文句を言ったりします。

 

歳を取る程、頑固になり怒りぽくなってきました。

実家に行けば固定資産税に始まりお金の事で怒り始めます。

物に執着しゴミまで残していて「ゴミも財産なんだ」とまで言い始めました。

実家に行くたびに山の様なレジ袋や空き瓶を持ち帰ってきます。

 

先日、義父は「あんた達もいずれどちらかが死んでジィジみたいになるんだよ」

と嬉しそうに話していました。

私は愕然としました。

先に死ぬのが私かも知れませんし主人かも知れません。

それは自分の息子の事でもあるのに笑って言うことなのかと情けなくなりました。

多分、寂しくてそれを上手く表現できなく打開策も見当たらなく人に当たっているのだと思います。

 

発達障害はコミュニケーションを取るのが下手です。

義父は成長時期に何も支援されず粗野なまま大人になってしまいました。

自分の事しか見えなく協調性もありません。

以前ネットに書き込まれていた発達障害の方の

「固執して融通が利かないから孤立して孤独だ」と言う言葉が頭から離れません。

 

私の子供は3人のうち2人が発達障害です。

義父の行く末は自分の子供達の行く末と重なり気持ちが重くなります。

子供達には人と関わり楽しい人生だったと思えるような時間を過ごして欲しいと思います。

 

現在、息子には部活をやらせて四六時中友達と関わって過ごさせています。

それでもコミュニケーションを取るのが下手で言葉が足りません。

この成果が出てくるのはずっと先だと思います。

それでも長い人生、色んな事を見聞きし、相手の考えを認め、

自分の考えも認めて貰い普通に暮らして行けるようにと願わずにいられません。


アスペルガーADHD発達障害改善マニュアル




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